入門 / 公開 / 更新
ピックルボールはいつから?1965年の誕生・名前の由来・日本での普及
ピックルボールはいつから始まった?1965年に米国で生まれた経緯、名前の由来、競技化、日本での普及を公式一次情報に基づいて年表で解説します。

ピックルボールは1965年、米国ワシントン州ベインブリッジ島で家族の遊びとして始まりました。ジョエル・プリチャード、ビル・ベル、バーニー・マッカラムの3人がルールと道具を整え、家庭の遊びから競技へ発展しました。
3分でわかるピックルボールの歴史
- 1965年: ベインブリッジ島で誕生
- 1967年: 最初の常設コートが作られる
- 1970年代以降: ルール整備と組織化が進む
- 2015年: 日本ピックルボール協会が発足
- 2026年: 国内の関係団体が統合し、普及体制を強化
1965年、ベインブリッジ島で誕生
USA Pickleballによると、始まりは1965年の夏です。子どもたちが退屈していたため、プリチャードとベルが手元にあった卓球のパドル、穴の空いたプラスチックボール、バドミントンコートを使って遊びを作りました。その後マッカラムが加わり、家族で楽しめるルールへ整えられました。
最初から現在と同じ競技だったわけではありません。遊びながらネットの高さやルールを調整し、1967年には最初の常設コートが作られたとされています。
「ピックルボール」の名前はピックルボートに由来
USA Pickleballが2020年に公開した調査では、ジョエルの妻ジョアン・プリチャードが、複数競技の要素を組み合わせたゲームを、ボート競技で補欠選手を集めた「pickle boat」になぞらえて「pickle ball」と名付けたと説明しています。飼い犬Picklesはゲーム命名の3年後、1968年に生まれたため、同団体は犬が名前の由来ではないと結論づけています。
家庭の遊びから競技へ
小さいコート、パドル、穴の空いたボールという特徴は、年代や経験が異なる人同士でも始めやすい環境を作りました。地域のレクリエーションから大会へ広がり、ルール、用具、指導体系が整備されていきました。
現在のルールとテニスとの違いはピックルボールとは、基本ルールはルール完全ガイドで確認できます。
米国の参加者は2025年に2,430万人
Sports & Fitness Industry Associationは、米国のピックルボール参加者が2020年の420万人から2025年に2,430万人へ増えたと公表しています。調査の定義や対象地域によって数値は異なるため、異なる資料の参加者数をそのまま比較する際は注意が必要です。
日本を含む人口・参加状況の見方はピックルボール人口の解説にまとめています。
日本での普及:2015年から2026年
日本ピックルボール協会は2015年に発足しました。協会の沿革では、2020年に国際・アジア組織へ加盟し、2024年には国際的な新組織へ加盟、2026年4月に国内関係団体が統合した経緯が示されています。
国内では体験会、クラブ、スクール、大会を通じてプレー機会が広がっています。初めて参加する方はピックルボールの始め方から、道具と参加先を順に確認できます。
オリンピック種目なのか
2026年8月時点で、ピックルボールはオリンピック競技ではありません。将来の採用時期も決まっていないため、特定大会での採用を確定情報として扱うことはできません。
歴史年表
年 | 出来事 |
|---|---|
1965 | 米国ワシントン州ベインブリッジ島で誕生 |
1967 | 最初の常設コートが作られる |
2015 | 日本ピックルボール協会が発足 |
2020 | 日本の協会が国際・アジア組織へ加盟 |
2024 | 日本の協会がGlobal Pickleball Federationへ加盟 |
2026 | 国内関係団体が統合 |
歴史を知ったら実際にプレーする
ピックルボールは、家族で楽しむ工夫から始まりました。ルールを読んだ後は、動きでわかる練習メニューでサーブやディンクの動きを確認すると、競技の特徴を理解しやすくなります。






